Skream! | 邦楽ロック・洋楽ロック ポータルサイト

MENU

INTERVIEW

Japanese

Turntable Films

2015年12月号掲載

Turntable Films

Member:井上 陽介(Vo/Gt)

Interviewer:石角 友香

USインディーやアシッド・フォークのバンド以上にアメリカン・ルーツ・ミュージックの薫りを血肉化してるんじゃないか?と感じさせる普遍的な音楽の魔法、そして京都という街で生活する個人としてのリアルタイム感。昨年はGotchバンドのギタリストとして、新たな接点を持った人も多いであろう、Turntable Filmsのフロントマン、井上陽介。本誌初登場となった今回は彼のルーツや音楽観、そして新作『Small Town Talk』について話を訊いた。

-結成当初のバンドのヴィジョンはどういうものだったんですか?

"ちゃんと演奏できるバンド"かな? オースティンのバンドとかすごい楽器が上手いんですよね、ちゃんと鳴らし方がわかってる人が演奏してるものというか。だからそういうミュージシャンらしいバンドですかね。

-それは何かに対するカウンターとかではなくて。

そういうのって、自分のこだわりというか、そういうものからくるものなので、何かへのカウンターではなくて。単純に自分の理想とするミュージシャン像がそういうものやったからだと思います。昔のミュージシャンの音楽を鳴らせてるところがかっこよく見えたんです。そういう、"伝わる"ということというか。

-井上さんのバックボーンは?

アメリカ音楽全部って感じですね、求めたバックボーンとしてあるのは。活動初期のころは60年代とか70年代の音楽がすごく好きで、それが2000年代とか90年代ぐらいに――ま、ずっとあるものなんですけど、大きい形で復活した一連の流れを聴いていたので、そういうアメリカ音楽全般ですね。

-USインディーのアーティストは昔の音楽を継承しながら自分たちのものに昇華していますもんね。

そうですね。フォークっぽさがあるけどちょっとエクスペリメンタルなところに寄ってたりとか。あと、単純にただのカントリーをやってるだけなのに新しく聴こえるバンドとか、そういうのが面白いなぁと思って聴いてましたね。

-他誌のインタビューで読んだんですが、井上さんは最初、THE VENTURESでギターをみっちり練習なさったとか。

はい(笑)。そうです、そうです。当時、僕は世界にバンドはTHE VENTURESしかいないと思ってたんですよ。

-いくつぐらいのときですか?

13歳ぐらいです。テレビ観てて、例えばDEENとかTUBEとかそういうグループをあまりバンドとして認識してなかったというか、芸能人だと思っていたので。音楽をいざ始めるっていうときに情報はTHE VENTURESしかなかったんです。幼なじみの子のおじさんが僕の師匠なんですけど、そのおじさんがTHE VENTURESが好きで、その息子も含めて、僕と同い歳とかもうちょっと下の子を集めて、THE VENTURESを3年間やったんですよね。

-さすがに途中で世の中に他にバンドがいてることがわかってきますよね。

わかります、わかります(笑)。その中でTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTを兄貴が好きだったので教えてもらって、THE VENTURESにプラスされた感じでしたね。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTはブルース・ギターっぽいマイナー・ペンタが出てくるので、THE VENTURESやってた流れでは弾きやすいんですね。だからそれがたぶん気に入って。アティチュードとかもかっこよく見えたし。帽子かぶってサングラスしてるのとか、中学生がめっちゃ好きそうな感じのかっこよさやったでしょ(笑)?

-そうですね(笑)。しかしそんな中学1年生いないですよね。

なんか普通と順番が逆になってしまってるのですが、ロックンロールの基礎みたいなものをTHE VENTURESから学んで。ロックンロールのあるあるネタみたいなフレーズがあるんですけど、それがちょっと変化して"あ、こうなってるんか"みたいな。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTに関して言えば、"俺、このカッティング越えたる"っていう青さゆえの憧れとの戦いみたいに見てる感じなんです。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTはギターの人もすごい上手やったし。

-そのあとはどうなるんですか?

THE VENTURESでギターを練習してたときに知り合った楽器屋のおじちゃんがいて、そのおっちゃんが60年代とか70年代のアメリカの音楽が好きだったんですよ。で、そのおっちゃんはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのことを認めたくない人やったから、"お前はわかってへん"とか"もっと昔の音楽聴きなさい"と言われて。そのおっちゃんに教えられるままいろんな昔の音楽を聴いてそれがもうひとつ違うルーツになりましたね。で、昔の音楽聴くと、"ああ、自分は全然下手やなぁ"と思って、吸収してまた音楽に昇華していくみたいな。

-随所随所にキーマンが出てくるのが京都っぽいなと思いますね。

うん。街が小さいのもあったかもしれませんね。今考えれば全部良かったことなんですけど、当時はそらもう"鬱陶しいなぁ"と思いながらやってましたね。カントリーのバーとかにも連れて行かれて、それも10代のときに。"おまえ上手いからあそこ行って修行してこい"って言われるんですよ。それでそのカントリーのお店に行ってギター弾かされるんですけど、僕はもうそのときはずっと、ブルース・ギタリストになりたいと思ってたから、理論的に全然違うんですよ。そこで歌ってるおっちゃんのバックでギター弾かされるんですけど、"はい、ソロ!"って突然言われてそこでブルースのマイナー・ペンタ弾いて場を凍らせるみたいなことを半年ぐらいやらされて。そのときはカントリー、めちゃめちゃ嫌いでしたね。"こんなしょっぱい音楽ない!"って思ってたけど(笑)。