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INTERVIEW

Japanese

BURNOUT SYNDROMES

2015年05月号掲載

BURNOUT SYNDROMES

メンバー:熊谷和海 (Gt/Vo) 石川大裕 (Ba/Cho) 廣瀬拓哉 (Dr/Cho)

インタビュアー:吉羽 さおり

関西在住の平均年齢22歳。次世代"文學ロック"バンド、BURNOUT SYNDROMES。3ピースならではのソリッドで疾走感があるサウンドに、歌がすっくと立った、エモーショナルな音楽を紡ぎ出すバンドだ。前作『世界一美しい世界一美しい世界』から1年ぶりの2ndアルバム『文學少女』は、彼らの持つ文学性、そしてエネルギッシュながらも密に組み立てられた数学的なサウンドが、しっかりとかみ合った。物語の中へ、あるいは自分の心の奥底へとダイヴさせてくれる、ダイナミズムが生まれた作品となった。いしわたり淳治を音楽プロデューサーに迎え作り上げたアルバム。そこにはたくさんの気づきがあったという。

-前作『世界一美しい世界一美しい世界』が出てからのバンドの変化はありますか。

熊谷:僕的には修業期間でしたね(笑)。前作で初めてインディーズのステージに立って、アマチュアのときとギャップとかフォーマットの違いだったり、いろんなことと闘ってきた1年間でした。

-それは曲作りにも言えることだと思いますが、今作に向かっていくうえでは何を1番考えましたか。

熊谷:前作をしっかり作り込むことで、自分たちの持っている特色というか、自分たちのいいところや悪いところもしっかり見えてきたので。それを自分たちなりに、今回にどう昇華していくのかみたいなのはあったのかなと思いますね。

-今回はバンド感のある作品であり、レコーディングならではの音遊びもやってますよね。

熊谷:やってましたっけ? あまり覚えてないんです(笑)。

廣瀬:レコーディングに関してはベーシックは作ってしまっているんですよ、レコーディングの前に。そこで、ベーシックを録り終えたあとに、熊谷のアドリブだったりその場で考えたアレンジもどんどん入れていって。それが、手探りではあったんですけどね。

-ベーシックでは、勢いというのを大事にするんですか。

石川:そうですね。3テイクくらいで決めるというか。

廣瀬:ベーシックに関してはそのほうがいいのかな。前作はわりと、ベーシックの段階で何から何まで悩んだり、時間をかけていたんですけど。なるべくいいものを早く録りきろうという。そのうえで、熊谷が遊びを入れたりするのが、僕らのスタイル的に合っているのかなっていうのは実感しましたね。

熊谷:あと今作はテーマ的にも青春っぽいものだったので、元気なうちに録りたいっていうか(笑)。

廣瀬:そうやな(笑)。

熊谷:20テイク目とか、もう青春出ないと思うから(笑)。青春が出てるうちに、OKにしてしまおうと。だから、元気が詰まってる。

-ちなみに根本的な話なんですが、熊谷さんギターってどうやって始めたんですか?

熊谷:ベースの石川に言われてですね、"お前やれ"って。

石川:全然やってなかったんですけど"まあ、ええかな"と思って。

-っていうのは、3ピースで疾走感があるギター・ロックのギタリストとはまた違ったような感じがあるなと思ったんですよね。

石川:もともとヴォーカルでもなかったんですよ(笑)。始めはギターでやってて、歌うやつがいなかったので歌って、いつのまにか3人になってたという感じですかね。

廣瀬:僕も、ドラムやったことなかったんです。石川がキーマンとなって、楽器を経験をしたことがない人間に声をかけて、結成して。それがいつの間にか結成10周年ということになっちゃって(笑)。

石川:最初は、学校で軽音部がなくて。でもバンドをどうしてもやりたくて、メンバーを探したんですけど、13歳でギターやってるやつとかドラムやってるやつなんているわけないじゃないですか。じゃあ、ここからやればいいかという発想で。

-みなさんどうやって楽器を覚えていったんですか。

熊谷:コピーしたりとかかな?

廣瀬:でも僕がドラムを始めて3ヶ月位のころにはもう曲作りを始めていたので。初ライヴは全部オリジナルだったんですよ。

熊谷:それが、15歳のときですね。

廣瀬:高校生イベントというのがあったんですけど、当時まだ中学生だったので"これ、高校生イベントって書いてあるんですけど、中学生でも出れますか?"って訊いたら、"黙ってればいけるよ"ってことで(笑)。ゴリ押ししてもらって出たんです。

石川:それが今回のアルバムのツアーで行く大阪の会場なんですよね。心斎橋DROPという会場なんですけど、ここが初ライヴをしたところですね。