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INTERVIEW

Japanese

カミナリグモ

2015年03月号掲載

カミナリグモ

メンバー:上野 啓示 (Gt/Vo) ghoma (Key)

インタビュアー:天野 史彬

カミナリグモ、2年4ヶ月ぶりのオリジナル作品である。その名も『続きのブランクペーパー』、ミニ・アルバムだ。この2年4ヶ月、決して順風満帆なわけではなかった。失ったものもある。それでも彼らは"続き"をテーマに作品を作った。目の前に広がっているのは暗闇ではなく巨大な白紙で、自分たちはそこにどんな地図でも描くことができるのだと信じた。その結果産み落とされた、瑞々しい楽曲たち。打ち込みもあればオーケストラ・ポップもある。ここに収められた6曲は伝えている。そう、結末にはまだ早い。物語は続くのだと。

-本当にお久しぶりです。僕は前作にあたるフル・アルバム『MY DROWSY COCKPIT』のときに上野さんにSkream!で取材させてもらっているんですけど、それがもう2年4ヶ月前なんですよね。今回のミニ・アルバム『続きのブランクペーパー』はそのとき以来のオリジナル作品なんですけど、まずはカミナリグモにとってのこの2年4ヶ月がどのような期間だったか、振り返ってみていただけますか?

上野:そうですね......まず、具体的なリリースが決まってない状況だったんですよね。2012年の11月に『MY DROWSY COCKPIT』を出して、そのツアーが2013年の3月に終わったんですけど、そのあとのことがまったく決まってなかったんです。僕らはバンドといっても常にサポートのふたりを連れて回るスタイルで3~4年ぐらいやってきたんです。でも、実際に周りの期待に応えられるような規模にバンドが届かなかった。なので、先のことを考えたときに、そのスタイルで活動を続けていくことは難しいって判断して。で、先のリリースも決まってないし、これからの活動のために何ができるんだろうって考えて......だから正直、2013年の3月以降は活動が止まってもおかしくない状況でしたね。基本的にはソングライターとして僕が発信したものに対して、メンバーのghomaちゃん、それにサポート・メンバーやスタッフがついてきてくれるっていうスタイルだったけど、結果がついてこない以上、周りを巻き込むわけにはいかない。......そう判断したあとのことは、本当に何も決まってなかった。

-今後、カミナリグモを動かしていけるのかどうか? という、シビアな問題が出てきたんですね。

上野:でもそんな中で、ghomaちゃんは"何がなんでもやる"って言ってくれたので、"じゃあ、メンバーふたりでできることを考えよう"って。(サポートを加えた)バンド編成を完全に諦めたわけではなかったんですけど、ふたりだけでできる形も作らないとなって思って始めたのが、2013年の夏から秋にかけてのアコースティック・ツアーだったんです。今までほとんど行ったことないような都市の小さいカフェとかも回って。そのツアーの中で、バンド・サウンドのものをふたり用にアレンジし直すっていうだけじゃなくて、ふたりの形が正解となるようなものを作っていかないと、この先はないなっていう思いが出てきて。それが2013年の末ぐらいでしたね。そこからは、バンド編成からスケールダウンした形じゃなくて、ghomaちゃんが足元でトラック操作したり、僕が可動式のステージ・セットを足元で操作したりっていう、ふたりでしかできない形を見つけるためのチャレンジを1年ぐらいかけてしていったんです。それが形になっていくにつれてまた人が集まってくれるようになって、リリースにたどり着けたっていう感じですね。

-サポートを加えてのバンド編成で活動してきたところから、2人編成でのやり方を見出してく、その試行錯誤の期間でもあったわけですね。

上野:ただ、よくある"バンドのヴォーカルがソロ活動します"っていうことと、ニュアンスは似てるようで根本的には違っていて。何故なら、もともと僕たちは、僕とghomaちゃんの、このメンバーふたりでカミナリグモなんですよね。だから変な話、"カミナリグモがライヴします"って言って、ステージ上に僕たちふたりしかいなくても文句言われる筋合いはないわけですよ(笑)。それが1番大きく違って。そもそも、僕たちはスポーティに汗をかきに来るお客さんが多いバンドではないし、もちろんアコースティックも似合う。だからふたりでやれる手応えもあったし、何より、気持ち的な部分というか、同じだけのリスクを背負って前を向いていこうっていう意識は、正式なメンバー同士じゃないと生まれないものなんですよね。だから、楽器的な編成じゃなくて、気持ち的な意味では、前よりバンドっぽくなったかなって思いますね。今は責任感がある人だけで動かしている状態なので。

-ghomaさんは、こうやって編成が変わっていくことに関して、どういう思いがありましたか?

ghoma:音楽の続け方、バンドの続け方っていろんな形があると思うんですけど、常にサポート・メンバーを迎えてやり続けること自体が、カミナリグモの世界観を表現するためにベストかというと、必ずしもそうではないと僕は思っていて。(サポートを迎えることが)良くも悪くも、制限になっている部分もあったんですよね。そう考えると、その制限を1度外して、メンバーのふたりだけで発信できる音楽のスタイルを考えてもいいんじゃないかって思ってました。4人のバンド・スタイルじゃないと活動できないということではなくて、あくまで表現のツールのひとつとして考えればいいんじゃないかなって。そういうふうに考えると、やりたいことも出てくるし、ライヴのアイディアとかもいっぱい思いつくことができたので、逆に可能性は広がりましたね。

-上野さんとghomaさんの間で、具体的な話し合いなどはあったんですか?

ghoma:いや、そういうのはあまりなくて。活動していく中でお互い悩んでいる部分は自ずとわかってくるし。だから、自然な流れだったと思いますね。やっぱり、すごく大きかったのは、"まだできることはいっぱいある"っていう感覚ですね。これでもし、やり尽くした感覚があったら話は別だったと思うんですけど、まだできることはいっぱいあったので、だったら考えることはいっぱいあったし。

-2人編成でやることに対しての確信が持てた瞬間って、何か具体的にありましたか?

上野:アコースティック・ツアーを始めたころは、まだ確信は持ててなくて。でも結構な場所を回って、月の半分くらいは一緒にいてライヴをやっていく中で、徐々に手応えが掴めてきた感じでしたね。スパッと2人編成をメインにしていこうって決まったというよりは、アコースティック・ツアーを通してっていう感じでした。やっぱり、さっきghomaちゃんも言いましたけど、もっとできることがあると思ったんでしょうね。バンド編成で活動してたときも、物理的に常にバンドで動くことは難しいと実感しながらも、音楽的にできることはもっとあるって思ってたから。僕もソングライティングに関してはまだまだ曲は書けるし、それを発表していくモチベーションもあったし。アコースティック・ツアーも、最初はあくまでもバンド編成のサブ的な意識だったけど、回っていく中で、"ふたりだからできることがある、ふたりだから好きになってくれる人がいる"っていうマインドに変わっていったんでしょうね。そしたら希望が湧いてきて、だんだんいい循環になっていった感じでしたね。