Skream! | 邦楽ロック・洋楽ロック ポータルサイト

MENU

INTERVIEW

Japanese

リベラリドル

2014年09月号掲載

リベラリドル

メンバー:MICHIKO (Vo/Gt) KO-YA (Gt/Cho) KIM (Ba) DAICHI (Dr/Cho)

インタビュアー:沖 さやこ

2014年に前身バンドから改名し、音楽性も新たに再スタートを切った、神奈川県大和市発のエモーショナル・マス・ロック・バンド、リベラリドル。ギタリストKO-YAの怪我によりまだライヴを行ったことがないにもかかわらず、2月にYouTubeにアップした「answer」のMVは半年間で約15000回の再生回数を誇る。ライヴ活動ができない4人は楽曲制作に尽力し、今回作り上げた『liberalismの足跡』を初の全国流通盤としてリリース。4人の信頼関係で結実した今作で、リベラリドルは高らかに産声を上げる。

-DAICHIさんとKO-YAさんはご兄弟で、KIMさんはDAICHIさんの中学時代の同級生、MICHIKOさんも高校時代からのお付き合いだそうですね。仲良しグループだったんですか?

MICHIKO:そうですね。もともと3人はサッカーをやっていて、私がサッカー部のマネージャーをやっていたんです。放課後に集まって遊ぶ仲で、卒業してからもみんなで、心霊スポット巡りしたり(笑)、地元の大和のプロムナードにとりあえず集まって"今日何して遊ぶ?"みたいなのが習慣で。でも遊び尽くして......何やる?ギターとかやってみちゃう?みたいな。ほんとノリだよね。特に理由もなくて。それまでは全然だったんです。音楽は好きだったけど、楽器もやったことがなかったし。

KIM:それが19歳くらいです。DAICHIとKO-YAがちょっとだけアコギをかじったことがあったんで、それがきっかけなのもありました。

KO-YA:4人とも好きなジャンルはバラバラで。最初はパートも代わる代わるで、GREEN DAYとか、とにかくいろんなバンドのコピーをしてました。それでみっちゃん(MICHIKO)がヴォーカルをやるようになってからSHAKALABBITSのコピーをしたり。最初は遊びの延長線上だったので(笑)、特にライヴをすることでもなく、ひたすらコピーしてスタジオで遊ぶ感じでした。でもコピバンでライヴに出て、オリジナルやってるバンドさんと対バンしたときに"オリジナルやってる人たちすげえ!"と思って。

KIM:コピーだとライヴできるイベントも限られてくるから、そろそろオリジナルやろうかって。それが(前身バンドの)Chellcyになる前、いまから4、5年前くらいです。

-そのときにはどんな曲を?

KO-YA:すっごいキャピキャピしてました(笑)。みっちゃんの可愛さを押したガールズ・ロックみたいな。俺らもちょっとキャピキャピしてたもん(笑)。

KIM:いや、俺はそうでもなかったよ?キャピキャピしてなかったから、ライヴで俺の前だけスペースが空いてた(笑)。

-はははは(笑)。Chellcyを経て今年リベラリドルに改名し、音楽性も一新して新しいスタートを切ることになりました。そこまでの経緯は?

MICHIKO:Chellcyのときにはポップなロックからダンス・ロックまでいろいろノリのいい曲を作ってたんです。でも"かっこいいものやりたいよね"ってゴリゴリのロックをやってみたんですけど、それもそれで硬すぎて自分たちとは違うなと。自分たちがいろんな音楽をかじってきたせいで振り幅が大きすぎて、何をやっていいかわかんなくなったんです。だからライヴをしても消化しきれなくて。

-その模索中にバンド活動を辞めるという選択肢はなかったのでしょうか。

KO-YA:めちゃくちゃ迷ってたけど、それはなかったですね。いつか(自分たちがやるべき音楽が)見つかるだろうと思ってたし。

MICHIKO:それを見つけたかったよね。せっかくやってるのに、よくわからないままずるずるやって終わっちゃうなんて嫌だよね、というのは根底に全員あったから。バンドを始めて本気になったからこそは、なにかをやりたい――それは続けてたから見つかったのかな、という気がしてます。

KIM:もともと体育会系で、負けず嫌いの4人組だから。

MICHIKO:うん。"負けたくない、負けたくない""絶対超えてやる、今に見てろよ!"って。本当にそんな感じだった。"何をやったらいいんだろう"とずーっと模索してたけど今回のアルバムにも入っていて、2月にYouTubeでPVを公開した「answer」という曲ができたときに"あ、うちらはこれだ"って全員合致したんです。

DAICHI:自分たちはどんな音楽も好きだったから、バンドの方向性が結構ぶれぶれで。でもバンドに変化をつけたかったんで、それまでにやっていたこととは全然違うことをやろうと。それで、自分たちが1番楽器で表現しやすい感じの曲をやりたいなと思ってできあがった曲なんですよね。

MICHIKO:そこから仕切り直しでエモをやっていこうと、バンド名を変えてPVを録って、「answer」に寄せた曲を作っていったらどんどん曲もできていって。それから自分たちも気持ち良くできるようになっていきました。