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INTERVIEW

Japanese

Drop's

2013年08月号掲載

Drop's

Member:中野 ミホ (Vo/Gt)

Interviewer:沖 さやこ

7月にタワーレコード店舗限定シングル『太陽』でメジャー・デビューを果たした、札幌在住、平成生まれの女子5人組ブルース・ロック・バンドDrop's。彼女たちが9月4日に1stフル・アルバム『DAWN SIGNALS』をリリースする。インディーズ時代にリリースされた2枚のミニ・アルバムでも"本当に10代か?"と思うほどの完成度で世間を驚かせた彼女たち。今作は5人のプレイヤーのキャラクターがひとつひとつ濃く出ており、より素の表情を感じさせる。新機軸ともいえる『DAWN SIGNALS』。バンドの中心人物である中野ミホに話を訊いた。

-中野さんの音楽への目覚めはいつ頃でしょうか。

エレクトーンを小学校の頃から習い事としてずっとやっていて。中学のとき、友達がギターを弾いていたりしていて、中学2年生くらいに"自分も音楽をやりたい"と思うようになりました。わたしのおじがThe BirthdayやTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが好きで、CDを貸してもらったりしていて。......音もチバさんの声も"日本にこんな音楽があるんだ"と衝撃的だったし、それでいて日本語だし、それが"すっごくかっこいい!"と思って好きになりました。それまでは同級生のみんなが聴いているようなJ-POP寄りの日本のバンドの音楽を聴いていたんですけど、チバさんの歌詞も衝撃的でびっくりしました。その辺りからギターを始めるようになりました。

-メンバー5人は同じ高校の同学年で、軽音楽部で出会ったようですね。部活の中で自然と結成されて、パート分けもされていったのですか?

ギターの荒谷(朋美)はコブクロ、ゆず、斉藤和義さんみたいなアコギの音楽が好きでギターをやっていて。キーボードの石橋はエレクトーンを習っていて、ドラムの(奥山)レイカは吹奏楽部でドラムやパーカッションをやっていた流れで、ベースの小田(満美子)は大好きな土屋アンナさんのライヴを見てかっこいいと思って、軽音楽部に入部して。"ギター出来る人がいるよ""ドラムやってたんだって"というところから自然とメンバーが集まってパートが決まっていったんで......ジャンケンとかはしてないです(笑)。

-ははは、大人ですね(笑)。バンドの楽曲の方向性はいつ頃から決まったのでしょうか。最初はコピーだったんですよね?

はい。最初はSuperflyさんのコピーをしていて。Superflyさんの曲はブルースの色が強いし、凄く好きだったんで、みんなでやるにはいいかなって。スコア買ってコピーしてましたね。

-初のオリジナル曲は高校2年生のときの「泥んこベイビー」という曲だそうですね。バンドの方向性はここで決まってきたのでしょうか。

この曲は地元の小さいコンテストにライヴをする目的で出ることにしたのですが、オリジナル曲がないとエントリーできなくて。それで "オリジナルを作ろうか"という話になって、わたしが作りました。"バンドなら、日本語で、泥臭いロックンロールがやりたい"という漠然としたイメージがあったんで。......なので最初の1曲が出来て、みんなでやったときに"あ、これだ""この感じで合ってるな"と分かった気がして。そこから決まっていきました。

-ご自分のやりたいことが明確に見えたということですね。他のメンバーさんはいかがでしたか?

他のメンバーは〝こういうジャンルが好きで、こういうのがやりたい"というのはあまりなく、自分たちで曲を作るというのも初めての体験だったので、抵抗なくすんなりみんな出来たんじゃないかと思います。最初はわたしがああして欲しい、こうして欲しいと言ってたんですけど、作っていくということの楽しさがみんなにあったんで、自然と出来上がっていったと思います。

-曲作りの仕方は今と当時では変わりましたか?

変わりましたね。高校のときはわたしがコード進行やリフ、ときどきベース・ライン持っていって、細かいアレンジとかはみんなで詰めてっていう感じだったんですけど。最近はわたしが弾き語りで持って行ってみんなで作るものに加えて、練習中に自然と始まるようなやり取りやセッションから出来る曲が増えてきました。今はその2パターンになったので、やり方としては増えました。