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INTERVIEW

Japanese

小林太郎

2013年01月号掲載

小林太郎

インタビュアー:沖 さやこ

iTunesが選ぶ2010年最も活躍が期待される新人に選出されるなど、突如音楽シーンに現れた小林太郎。2011年のバンド活動を経て再びソロの道を選択し、2012年7月に1st EP『MILESTONE』でメジャー・デビュー。そしてメジャー2作目ともなるフル・アルバム『tremolo』は、彼の"歌心"が存分に溢れた、色鮮やかな作品になった。

-2008年に"THE STREET FIGHTERS"主催の"H ジェネ祭り'08"にバンドで参加して最優秀賞を獲得し、2010年のインディーズ・デビュー後、同年2枚のアルバムをリリースなさって。2011年は"小林太郎とYE$MAN"名義のバンドとして活動をなさって。今年はまたソロ名義に戻り、夏に1st EP『MILESTONE』をリリースし、2013年の幕開けが今作の『tremolo』となるわけですが。活動的にはかなり怒涛ですよね。

ギリギリな感じでしたね(笑)。18歳の夏、思い出作りにみんなでわいわいやりたいと思って大会に出たんですけど、そこでグランプリを頂いて。予想外だったなぁって感じで。その大会がキッカケで環境はぐっと変わったかな。それまでバンドだったのが小林太郎というソロになって。バンドでがっつりやられてた人たちがソロになりましたよ、っていうのはよく聞くじゃないですか。でも俺はソロ経験もゼロで、頭からソロで。うまくやっていけるか、自分の曲にどんな反応があるのかっていう不安があって。2010年はスケジュールも結構タイトだったんで、体力的にも精神的にも不安は大きかったです。

-インディーズ・デビューをなさった2010年は悩んでらっしゃったようですね。

19くらいの若僧が、ベテランの人たちについてもらって音楽を作って。その若僧にどんなに才能があって、自分のイメージ通りの音でも、そのベテランの人たちに何かを言われたらできないわけで(笑)。音楽をする環境で悩んで、純粋に音楽でも悩んで。バンドを組んでたときは"バンド組んでライヴしてお金もらえて飯が食えて、それだけでいいじゃねぇか"って思ったから、音楽をやるのは好きだからっていう理由くらいしかなくて。1stアルバム『Orkonpood』を出すくらいから"何で俺は音楽をしているんだろう"っていう悩みとかが、いろいろスタートし始めまして。そっから2年ばかしバンバン悩んだって感じですね。

-インディーズでアルバムを作るにあたり、そういうものに向き合わなければいけない状況になったということですね。

そうですね、歌詞を書かなきゃいけなかったんで。日本語はどんな歌詞でもメッセージ性が宿るじゃないですか。メッセージ性がないならないで全然いいんですけど、自分がないと思ってやってるのか、あると思っているのかが分からなかったんですよね。どっちなんだろう、どうしたらわかるだろうか......っていろいろごねごね考えながらアルバム作ったりライヴしたりしてましたね。

-2011年のバンド活動はいかがでしたか?

俺の場合は曲を制作する形として、ソロよりバンドのほうが親近感あったんですよね。"俺は何で音楽をやってるんだろう"っていうのが分からないまま、ソロを取り敢えずやってみていろいろ勉強できたから、"この状態でバンドやったらいい音楽作れるのかな"って思ってやってみたんです。ソロとかバンドとか音楽の形態は勉強できた。全部じゃないけど、同い年の音楽やってる奴らより運よくいろいろ経験できて。でも、ソロになればいい曲できる、バンドになればいい曲できるってわけじゃなくて、俺が曲を書くならどっちでも書かなきゃいけない。じゃあ俺は何で音楽をしているのか......ってまた最初に戻っちゃったんですよね。