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HOW TO DESTROY ANGELS

2013年03月号掲載

HOW TO DESTROY ANGELS

Writer 石角 友香

Trent Reznorが妻のMariqueen Maandig(元WEST INDIAN GIRL)、NINE INCH NAILSの作品やTrentの個人名義の映画音楽やゲーム音楽でもタッグを組んできたAtticus RossとHOW TO DESTROY ANGELSを結成。2010年、シングル『A Drowing』でデビュー。同年5月にはPitchfolkから「The Space In Between」のミュージック・ビデオが公開され、殺人を予感させる物語とTrentとMariqueenの死体が燃えるという、なんともショッキングな映像も話題になった。その時点で、ダーク・アンビエント、ポスト・インダストリアル、エレクトロニカなどがTrentならではのセンスで融合したサウンドは十二分に印象づけられていたのだが、その間、なんといってもTrentとAtticusが手がけた映画“ソーシャル・ネットワーク”のサウンド・トラックの成功、そしてアカデミー作曲賞、ゴールデングローブ賞の獲得という、音楽ファン以外への訴求もあり、HTDAの次のステップはもちろん継続していただろうが、怒れるインダストリアル・ロックの鬼才が、静謐で内面的な世界観をロックとは異なる手法で描出しきった、サントラでの新たなキャリアが否応なくクローズ・アップされたのもいたしかたないことだったかもしれない。というのも、20代で熱狂的な支持を得た多くのUSの大物アーティストたちの音楽的なシフト・チェンジは容易ではない。特にTrentのように60年代生まれの、未だ“ロック・スター”的な価値観を押し付けられた世代にとっては。だが、彼はNIN時代、既にオール・インストという挑発的かつ必然的な大作『Ghost』をリリース。飽くまでも作品で世の中と対峙してきたと言えるだろう。そして、遂に自身のユニット、HTDAとしてのデビュー・アルバムの登場である。リード・トラック「How Long?」のMVが公開された際は、荒涼としたイメージのプロダクションではあるものの、Mariqueenのヴォーカルがフィーチャーされ、限りなくエッジーなR&Bにも程遠くない仕上がりにいい意味で驚かされたのだが、アルバムでも従来のゴス的なイメージはサウンドの質感に残る程度で、ミニマムなシーケンスを基本にMariqueenのソロやTrentとのデュエットなどが儚げに重なり、どこか白日夢的かつハイパーな未来を想起させる楽曲が淡々と紡ぎだされていく。そんな中で異彩を放つのが民族楽器的な弦の響きや、アフロとカントリーという一見対極に位置するようなメロディ・ラインが結合した「Ice Age」、どこかチープなゲーム・ミュージックを想起させるサウンドの「Strings And Attractors」などユニークな楽曲も。いずれにせよ、リズムのプロダクションをこれでもか!とばかりに緻密に組むとか、大仰なコーラスが顔を出すとかいうこともない。不用意に不安を掻き立てる訳でもないのだが、それが結果的にTrent Reznorという人の現代の世界、ひいては自国であるアメリカへの静かな警鐘のように聴こえてしまう。そもそもユニット名が逆説的だ(命名の由来はCOILの同名シングルにちなんでいるが)。そして、作品の控えめでありつつイマジネーションを拡張するプロダクションは、昨年からNIN時代から作品のアート・ワークを手がけてきたRob Sheridanが加入したことも理由として大きいのかもしれない。
ダブステップやフィジェット・ハウスなどを聴いてきた耳には案外、素直なビートとレイヤーから成る作品に聴こえるだろうが、Trent Reznorはいい意味でどうあがいてもロックの価値観に鼓舞され、翻弄もされてきたアーティストだ。様々なビートを並列し、彼本来のインダストリアルや80年代ニュー・ウェーヴなどの出自も含めたものが今のHTDAなのだと思う。彼が音に込めたメッセージ楽曲を体感することで得られるはずだ。なお、4月に開催されるCoachellaで初ステージを踏むHTDA。Trentの新たなキャリアであると同時に、“キャリア十分の新人”がどんなアプローチを見せるのか?ファン層の根本的なパラダイム・シフトは起こるのか?興味深い。

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