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LOU REED & METALLICA

2011年11月号掲載

LOU REED & METALLICA

Writer 沖 さやこ

2011年、全世界が仰天したコラボレーションとなった、THE VELVET UNDERGROUNDのフロントマンとして活躍し、前衛的なアプローチで常にリスナーを魅了してきたLou Reedと、メタル・シーンの中でも抜きん出た人気と成功を収めているMETALLICAの、共同制作フル・アルバム『Lulu』。全10曲で、トータル分数は90分に渡る。1枚のディスクでは入り切らないため2枚組となっている。表面上だけでも何もかもが“普通ではない”この作品。サウンドはその予想を遥かに超える。

まず、違うフィールドで活躍するこのビック・アーティスト2組が、何故1つのアルバムを作ることになったのか。それは2009年10月にニュー・ヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われた“ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)25周年記念コンサート”での共演がキッカケだった。METALLICAのメンバーとLou Reedが、THE VELVET UNDERGROUNDの名曲「Sweet Jane」「White Light / White Heat」を演奏。“そのときからお互いが一緒に作品を作るべきであると分かっていた”とLouは語る。そのパフォーマンス後、Louがアルバムの制作をMETALLICAに提案し、奇跡であり異色のコラボレーションが本当の意味で幕を開けたのだ。

当初はLouによる昔のマテリアルをレコーディングすることになっていた。だがそのセッションが始まる1、2週間前に彼がMETTALICAへ“別のアイディア”を提案した。それが、アメリカのアヴァンギャルド舞台演出家Robert Wilsonが手掛けるドイツの劇団ベルリナー・アンサンブルの公演“Lulu Plays”のために作った楽曲群をレコーディングするというものだった。

この“Lulu Plays”とは、ドイツ表現派Frank Wedekindが手掛けた20世紀初頭の戯曲“地霊”と“パンドラの箱”にインスパイアされ、グラフィック・ノベルとして出版された、かの有名なアメリカの小説家Edgar Allan Poeの“大鴉”を書き直したもの。1890年代のドイツ、パリ、ロンドンが舞台の戯曲である同作品は、内向的でイヴのような欲望と虐待が映し出されるルルの視点と、彼女とどうしようもない恋に落ちてしまう人々の視点を行き来する。そんな中、彼女は切り裂きジャックと出会い……。幾多に描かれる生死、愛、嫉妬、復讐、情欲。ルルを取り巻く全ての人物の心情を反映させたのが、この『Lulu』というアルバムなのだ。ずっとLouの頭の中で存在していた“ルル”が動くためには、身体が必要だった。“ルルは魔性の女だ。不道徳の、もしくは道徳を超越した人物として描かれている。ルルがどのような人物なのか彼女の心理についても理解し、ロックを用いて、洗練された形でルルに息を吹き込まなければならなかった。可能な限り最もハードなパワー・ロックを生み出すことが出来るのはMETALLICAしかいなかった”と彼は語る。考えてみればLouもMETALLICAも、疎外感、恐怖、死、ドラッグなど、タブーとも言うべき題材を積極的に扱ってきた。それは“Lulu Plays”の世界観とも重なるものだ。METALLICAのLars Ulrich(Dr)は語る。“Louはソロ版のMETALLICAと言えるだろう。何十年にも渡ってずっと自分なりの音楽をやってきたし、常に自分だけでなくファンにも挑戦的であり、自分自身を新しく創造し続けてきた”。彼らはLouとのコラボレーションをずっと待ち侘びていたのだ。

という背景で制作された本作だが、これはLou Reedのニュー・アルバムでもなければ、METALLICAのそれでもない。それぞれのアーティストの音楽性を求めていたリスナーの期待にはそぐわないかもしれない。だが“前衛的なサウンド”とは、常に両者とも自身のキャリアで貪欲に追い求めていたものでもある。

この90分の大作に収録されているのは、音楽への探究心は勿論のこと、ルルという女性、彼女を取り囲む周囲の人間、そしてストーリーへの愛情と敬意なのではないかと思う。ハードなギター・リフ、クラシカルで繊細な弦楽器の音色、最長19分間に渡る楽曲、何かに取り憑かれたように言葉を発し続けるLouのヴォーカル。理屈の通用しない直感的で衝動的なアンサンブルは、ひたすらに純粋に響いてくる。“どこに行っているかを常に把握していたわけではなかったが、とてもエキサイティングな旅だったよ”Larsは語り、James Hetfield(Vo&Gt)は“舵を取っていたのは何だったかって? それはその瞬間だよ。コントロールがないという恐怖を乗り越えた後は、天国にいるかのようだった”と笑う。このアルバムが再生された瞬間から見たこともない世界に連れて行かれ、正直なところ筆者も動揺が隠せない。だが新世界の創世とはそういうものだろう。彼らは音楽というフィールド、時代をも超えて、ルルというひとりの少女を取り囲む壮大な物語に真っ向から挑んだのだ。“マインドというのは、私が知っているものの中で最も敏感な性感帯だ”というLouの言葉通り、鼓膜ではなく心を抉るような痛みと快楽が襲い掛かる。

Louひとりでも、METALLICAだけでも、この世界に辿り着くことは出来なかっただろう。お互いの存在という化学反応があったからこそ、生み出すことが出来た問題作だ。先進的過ぎて、今の時代では手に負えないモンスター。50年後、100年後のロック・シーンにも影響と刺激を与える作品になるのではないだろうか。

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