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キリンジ

2010年07月号掲載

キリンジ

Writer 伊藤 洋輔

キリンジとは、ポップ・エイリアンである。と、暴力的な解釈を吐き出してみる。ただ聴いているだけではオーソドックスなポップスとしか感じられないのかもしれない。しかし中身を紐解くと、多種多様のジャンルが混在している。その内包された雑食性から、そう呼びたいのである。
ことの発端は彼らの代表曲であるバラード、「エイリアンズ」のサビの一節からだ。「まるでぼくらはエイリアンズ 禁断の実 ほおばっては」――スロー・テンポで穏やかに流れる時間に、アコギの切ないメロディが印象的に響き渡り、そっと触れただけでも壊れてしまいそうなほど繊細な世界観を醸し出している。純粋に聴いて、美しく、優しく、儚く、感動的である。しかし、この曲の背景に自伝的なエピソードが発端となっているかは不明だが、この一節の表現には、どこかキリンジ=堀込兄弟そのもののスタンスとして感じ取ってしまう。

そもそも、「キリンジ」の由来となった「麒麟児」とは、伝説上の動物がモチーフとされている。古く中国では、聖人が出て国が治まると麒麟が現れるという言い伝えがあり、幼い頃から天才的な才知・技芸を発揮し、将来が有望とされる少年を麒麟児と持てはやしたことが語源となったようだ。その観点からデビュー時を振り返ってほしい。当時はまだ(微々たるものだったが)渋谷系の余波が残り、彼らもその延長線上で語られることが多かったように感じたが、そこと一線を画す決定的な存在感として、卓越した演奏力にソングライティングにおける多様な知識が圧倒的だったのだ。
もちろんそこには類なきメロディメイカー、富田恵一のプロデュースという影響も大きいが、一瞬で聴き手を引きつけるポップスの感性、すなわち音楽に対する才知(センス)・技芸(スキル)をあらかじめ持っていた、ということだ。まさに、語源通りのキリンジ。 ほのかな微熱を宿したファルセット・ヴォイス、叙情的な潤い漂うメロディ、繊細で思慮深い音響構築、日本の原風景を想起する文学性に彩られた言語感覚。まさに唯一無二のキリンジ節だが、そんな確立されていた世界観から“ 禁断の実をほおばる”ように、プログレ、ハウス、ヒップ・ホップ、サルソウルなど、あらゆる要素の音楽を吸収していった。
多くのアーティストに楽曲提供もする傍ら、05年には己を根本から再認識するように、兄弟それぞれのソロ活動を行うまでに。紆余曲折しながらも、持ち前のキリンジ印でまとめたハイクオリティな楽曲集だか、彼らの恐ろしい点は、それをデビューから10年以上もブレずに作り続ける、安定感にある。それは偏執狂と言っても過言ではないのも、音の模索が導いた結果だろう。無限に広がるポップ・フィールドの上を、ただただ純粋に良質な音を模索するポップ・エイリアン。そして、久しぶりに届けられた新作も、これまた気持ちのいいポップスが響き渡っている。

約2年ぶりのニュー・シングル「夏の光」。軽快なリズム、爽快な歌声、この季節に相応しい幸福感を促す精巧なアレンジ。すべてがストレート、ありったけの生気に溢れた極上のサマー・チューンだ。昨年は弟・泰行のプロジェクト=馬の骨が2nd アルバムをリリースし、兄・高樹は新バンドTHE GRANOLA BOYSでの活動があったが、そんな動きが息抜きとなった反動だろうか、あまりにも素晴らしい振り切れ方だ。カップリングでは昨年唯一のライヴでソールドアウトとなったBillboard Live Tokyoから6曲収録。こちらは鉄板と評判のライヴ・パフォーマンスを堪能できる。キリンジのふたりにオルガン&ドラムのシンプルな編成でジャズ・テイストにアレンジされたパフォーマンスだが、なかでも「ロマンティック街道」の洗練されたムードは絶品の一言だ。

今年はキリンジとしての本格的な動きとなりそうだ。アルバムも楽しみだが、まずはこの季節を彩るポップスに身を委ねよう。心地よい、幸福な光があなたを満たしてくれるはずだから。

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